こじらせ女子と呼ばれる女

親友から「こじらせてる」と言われた理由。嫌な女全開で語る

誰かを責める前に、後悔する前に、まずは自分のベストを尽くせ‼︎

「こじらせ女子」と呼ばれる女、ねこです🐾

 

誰かを責めずにはいられない

生きていれば、そういうときがあるだろう。

でも何故自分ではない誰かを責めてしまうのか?

それは自分なりのベストを尽くせていないからだと私は思う。

 

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私の父は現在、

生死がチラつきながらの介護が必要な状態だ。

歳の離れた母と歳の離れた私と姉。

父の年齢は周りの祖父に近い。

が、今の状態になるにはどう考えても早すぎる‼︎

 

父が今の状態になった経緯に

私は悔やんでも悔やみきれない日々がある。

www.kojisaseneko.work

病院を退院した父は介護が必要になった。

介護といっても最初は軽度。

動作が今までのようにはできなくなっていたくらい。

実家での生活は難しかったが、

バリアフリーの介護ホームでの生活は

1人である程度できるレベル。

それでも家族に迷惑をかけたくない‼︎

と父は自分の意思で介護ホームに入った。

陰で私が動いていたことは未だ家族は誰も知らない。

そのときから私は父の代わりに家族代表となった。

 

退院後に介護が必要になった原因は不明。

ドクターからは

急なこの変化は入院したこともあり、老化だろう

と言われていた。

その診断に私たち家族は疑いを持たなかった。

私は相変わらず鵜呑みをし続けた。

 

その頃の私は、

今の姿を見せたくない

という父の意思を尊重し、

会いには行くことはなかった。

ドクターからも連絡はあったし、

家族は毎日父と会い、その報告があったため

父の直接のケアは家族に任せっきりだった。

これが後になって後悔することになる。

 

あるとき、介護が必要ということは

何かしら介護認定が受けれるのでは?

 

と思った私は

そのとき母に介護認定を申請するように言ったのだが、

母がドクターへ相談したところ、

これぐらいでは申請できないと言われ、

介護保険の申請をしなかった。

無知だった私は、

 

確かにホームで1人生活できているレベルであれば

申請できないのか🙄

最先端の大学病院がそういうのならそうか🙄

 

とまたもや鵜呑みをした。

 

私は父と会うことを打診してみては却下され、

会うことなく数ヶ月が過ぎた。

家族は毎日父に会いに行き、

父の状態も安定してようだった。

家族に平和が戻ってきた

と私は疑うこともなかった。

 

そんなときに母から衝撃の報告を受けた。

 

🤱パパね、目が見えなくなったみたい。

 

私は絶句した。

 

介護ホームに入り、通院もしていたのに、

どうして急にそんなことになった⁈

 

私はすごい剣幕で母を問い詰めた。

経緯はこうだ。

ある日急に父は目がかすむと言い出し、

母の付き添いで父はいつもの大学病院を受診をした。

ドクターからは老化だろうと言われたが、

念のため眼科も受診するように手配してくれた。

 

そこで父は老化とは違う新たな事実が発覚したという。

眼科のドクターから告げられた診断は

 

片目の失明。

もう片方の目もかなりの視野狭窄状況。

 

さらにドクターは驚くべきことを告げたらしい。

 

🩺
見えなくなったのは今に始まったことではないこと。

入院前の眼科のデータでは問題ないため、

入院中に失明しただろうこと。

少しずつ見えなくなったため

片目が失明したことに本人も気づかなかったこと。

オペをしても視力が戻ることはなく、

現実維持を少しでも長くすることしかできないこと。

 

(え、、、入院してたのはこちらの病院です)

 

と付き添っていた母は言えなかったらしいが、

この瞬間まで

家族もホームの人たちもドクターも本人も

誰一人として父の失明に気づかなかった。

会っていなかった私ももちろん気づくはずもない。


このとき私には色んな感情が芽生えた。

この失明しただろう時期の入院を選択したのは私だ。

父には本当に申し訳ないことをしたと思った。 

 

それと同時に怒りに似た感情も湧き上がった。

 

まずは入院&通院で対応してくれていた方々へ。

親身になって対応してくれたことには

本当に感謝している。

だが、失明に至るまでに

何か気付いてもらうことはできなかったのか⁈

ケアしてくれている間に異変はなかったのか⁈

退院後に動作が不自由な原因は

ほぼ失明して見えていなかったからに違いない。

ただの老化⁈

そんな言葉で片付けてはいけない。

検査をしたり、

もっと早くに診断することはできなかったのか⁈

 

そして1番の怒りの矛先は母と姉へだった。

毎日会っていて、一体何を見ていたのか⁈

日々変わる医療従事者やホームの方々は

他人だから仕方がない。

が、父のことを知っている家族だからこそ、

気づく予兆は絶対あったはずだ。

私もそれまで鵜呑みにしてはきていたが、

近くにいるからこそ、

毎日会っているからこそ、

鵜呑みにできない症状が絶対にあったはずだ。

ご飯を食べるときも、出かけるときも、

身の回りのことを父がするときも、

絶対に今までとは違う何かがあったはず‼︎

それになぜ気づかなかったのか⁈

「パパの目が見えなくなったみたい」

よくもそんなことを普通に言えたものだ‼︎

パパの目が見えなくなったのは、

気づかなかったあなたたち家族のせいじゃないか‼︎


怒りの矛先が間違っていたのはわかっていた。

指示をするだけで会っていなかった私も同じ。

家族の責任を果たしていなかったのだ。

入院を陰で誘導したのも、

介護ホームへ陰で誘導したのも、全部私だ。

誰に責任があって、

誰のせいで父の目がこうなってしまったか

なんて決められないし、

そういうことでもない。

わかっていても、

誰かを責められずにはいられなかった。

だが、こうして責任をなすりつけて

止まっているわけにもいかなかった。

 

父がこれからどう生きるか。

それはこれからどう動くかで変わる。


幸い父の目はほぼ見えていないにも関わらず、

見えている部分の視力だけは

私よりもものすごく良かった。

これだけは守っていかないといけない。

私の中で大きく何かが変わった瞬間だった。

 

1度は責めた後だったが🙄

私が言えることは、

私のように後悔しないよう、

大切な人のため、

できるときにできることを、

自分のベストを尽くした方がいいということ。

ベストを尽くしていないからこそ、後悔に繋がる。

 

色々思うことはあったが、

父を支えてくれた医療従事者の方々には

本当に感謝している。

今まで私が家族に支えてもらってきたことも

本当に感謝している。

私の2つ目の後悔は、

父の目を守ってあげられなかったこと。

 

今週のお題「2020年上半期」